大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)72号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人伊藤竜平同土田ハツイ上告理由は末尾に添附した別紙記載の通りである。

第一点について。

論旨は(一)昭和二一年一一月一六日の賃貸借期間改訂以前から上告人土田が本件家屋に居住していたことは、乙第一号証の二によつて明らかである。そして被上告人は土田が居住していることを知りながら乙第一号証の二を差入れさせたのであるから土田の転貸借を承諾したものである(乙第一号の二とあるは甲第一号証の二の誤りである)(二)被上告人は上告人伊藤の経営する理髪店に度々来たことがあるから、其際上告人土田の本件家屋転貸借の承諾を為すことがあり得る。(三)原審における控訴人(上告人)伊藤本人訊問における供述により、被上告人は右転貸借を承諾した事実を認め得る。と主張し、右に挙げた様な事情があるに拘わらず、原審においては本件家屋を上告人伊藤が上告人土田に転貸したことを認めなかつたことは審理不尽であるか、社会常則に反すると主張する。しかし右(一)の事実があるとしてもその為め直ちに被上告人が右転貸借を承認したものであるとはいえないし、右(二)の事実のあること並に(三)の供述は原審の採用しないところであり且つ右に関する原審の認定は何等法則に反するところはないばかりでなく、また所論のような審理不尽はない、論旨は理由がない。

第二点について。

論旨は、「期間満了したら必ず本件家屋を明渡してくれ」との意思表示は、契約の履行を期間満了前において要望したに止り、更新拒絶と認めるに足らないと主張するが、期間が満了したら必ず明渡してくれと言うことは、期間が満了した後は最早賃貸しないという意味をふくむのであるから、更新拒絶をするには右のような言葉を用いることは極めて自然であり、これを以て借家法第二条の更新拒絶と認めることは正当であつて、所論のような擬律錯誤の問題を生ずる余地はない。従つて論旨は採用できない。

第三点について。

原審の認定した事実によれば、被上告人は農地改革によつて所有土地を買収せられ、約九反歩の土地を自作する農家となり、一家の財政は著しく苦しくなり農業以外に収入の途を求めようと苦慮するに至り、又妹夫婦及びその子供四人が疎開して被上告人方に同居して居り、収入の途がないので双方の収入を増す為め共同で商売を始めようとしたが、被上告人の住居は道路から離れて山林に入つている為め商業に適しない、これに反し本件家屋は商業に適しているので、被上告人は本件家屋の明渡しを受け、そこで商売をするという経済上の必要にせまられていた、即ち被上告人は単なる住宅として本件家屋は必要ではないが、商売をして生活を維持する為めには必要であるというのである。これに反し、賃借人たる上告人伊藤は、本件家屋の隣りに自己所有の家屋を有してこれに住居し、本件屋家には上告人土田が子供六人と共に居住している。しかし土田は賃貸人の承諾なくして上告人伊藤から転借(使用貸借)していることが明らかである。以上の事実について考えて見るに、賃貸人は生活上本件家屋の明渡しを求める必要性があり、これに反し上告人伊藤は本件家屋には居住せずこれを上告人土田に転貸しているのであり(其転貸借は被上告人の承諾を得ていない)自ら本件家屋を使用する必要性はないのであるから、明渡しによつて著しい不利益を被らないわけである。従つて上告人伊藤に対する被上告人の賃貸借更新拒絶は正当の事由あるものといわなければならない。そして上告人土田は、賃貸人の承諾なくして本件家屋に居住しているのであるから、所論賃貸借更新拒絶が正当なりや否やとは関係なく、被上告人の請求により速かに退去する義務あるものであるから、上告人土田に関する限りにおいては、被上告人の更新拒絶を非難することはできない。ただ土田を退去せしめることとなれば、其兄である上告人伊藤は、これ等六人を世話しなければならない立場に立つこととなるのであろうが、上告人伊藤の家屋には以前他の者を同居せしめていたことは記録上窺知することができるから上告人土田を同居せしめることは左程困難ではあるまい。論旨は被上告人の更新拒絶は正当の理由がないことについて説明をしているが、それは原審と異る独自の見解にすぎないから採用できない。

第四点について。

論旨は、被上告人は昭和二三年一月三〇日に昭和二二年一〇月より二三年四月分迄の賃料を異議なく受領した事実があり、これによつて本件賃貸借契約は更新されたと認めなければならないものであるに拘わらず、原審において更新されたと認めないことは、意思解釈法則違反又は審理不尽の違法があると主張する。しかし、所論部分に対する原判決の判示は、何等意思解釈の法則を誤つたとか審理不尽の点があるとはいい得ないことは論旨に引用した原判決の部分を一読しただけで極めて明瞭である、論旨は結局原審と異る独自の見解に基づいて原判決の事実認定を非難するにすぎないから、採用できない。

第五点について。

論旨は、賃貸期間満了後一〇日内外に本訴を提起したものならば、遅滞なく本件家屋の継続使用につき異議を述べたといい得るであろうが、本訴提起は、期間満了後六六日を経過しているから、遅滞なく異議を述べたことにならないと主張する。しかし、本件家屋を継続して使用せしめる意思がなく屡々明渡を求めていたことは、諸般の事情にてらし認め得るし、訴訟を提起するには相当の準備をしなければならないと認められるから、原審において期間経過後六六日を経て本訴を提起した事実を以つて、被上告人は遅滞なく異議を述べたものと判示したとしても、借家法第二条第二項にいう遅滞なくの解釈を誤つたものとはいえない。論旨は理由がない。

よつて民訴法第四〇一条、第九五条、第八九条により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例